筆者の地元ヨコハマより横浜ベイスターズをはじめ、好きなものや日常のことなどを書き綴っていこうかと~
2007年05月10日のアーカイブ

「NumberWeb」より
http://number.goo.ne.jp/baseball/npb/677/20070503-1-1p.html
永谷脩=文
text by Osamu Nagatani
photograph by Hideki Sugiyama
松坂大輔のレッドソックス入りが、6年61億円で決定したころ、横浜ベイスターズの鈴木尚は、1億3000万ダウンの年俸9000万円で契約更改した。横浜高の後輩である松坂から「お世話になりました」という電話を受け、「俺はもう一度がんばるよ」と答えるしかなかった自分が悔しかったという。
若手が成長し、チームの若返りが進むなかで、ここ数年の鈴木は代打の切り札に定着していた。昨シーズンの代打成功率は3割8分。「レギュラーへのこだわりよりも、チャンスでの一打に賭ける緊張感が楽しかった」と言っていた。生き残るために、代打のスペシャリストという道を目指したのかもしれない。
そんな鈴木の気持ちを変えたのは、新監督の大矢明彦だった。'96年からの2年間、横浜の指揮を執った大矢の下で、鈴木は初めての3割を打ち、'97、'98年と2年連続で首位打者に輝いた。昔のキレが戻ればまだまだ蘇生できる。そう思った大矢は、就任早々電話でこう伝えた。
「君の後輩の多村仁がソフトバンクに行くことになった。チーム事情で仕方がない。そのぶん君にがんばってもらう。レギュラーでレフトを守るつもりでいてほしい」
WBCでクリーンアップを打った男でもトレードとなる現実。鈴木は九州に旅立つ多村に、「チームを見返してやれ」と激励し、そして妻には「結果を出してダウンした分を取り返すから」と奮起を誓った。
今シーズン、鈴木は、すべてを2年連続首位打者を獲ったあのころに戻そうと考えた。背番号は「7」から、昔つけていた「51」に戻した。バッティングフォームも当時のビデオを何度も見返して、ヒザの使い方を元に戻した。そのために、下半身のトレーニングは欠かさずやった。大矢監督も鈴木尚のプライドを尊重し、オープン戦からスタメンで使うことを決めた。怪我で一時欠場したが、復帰となった日ハム戦で、ダルビッシュ有から本塁打を放ったとき、手ごたえをつかんでいた。
4月10日に35歳となった。今年のオフは、横浜高からプロに進んだ選手たちのOB会で、幹事をやるという。まだまだ老けこめない。海の向こうの松坂もいいが、今季の鈴木を見守りたいと思う。
from Number677号
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